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東京高等裁判所 平成7年(ラ)1061号 決定

抗告人 関根英夫

右代理人弁護士 鴨田哲郎

主文

本件執行抗告を棄却する。

執行抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  執行抗告の趣旨及び理由

1  執行抗告の趣旨

原決定を取り消す。

株式会社総合計画研究所が第三債務者日本電気ファクトリエンジニアリング株式会社及び同富士通コミュニケーション・システムズ株式会社に対して有する原決定添付の別紙差押債権目録記載の各債権を差し押える。

2  執行抗告の理由

抗告人は、株式会社総合計画研究所(以下「債務者」という。)と右第三債務者との間の基本請負計画に基づいて発生する個別請負代金のすべてを対象として差押えを求めた。これに対して、原審裁判所は、差し押えるべき債権の特定を欠くとして、抗告人の申立てを却下したが、その理由は、基本請負契約の締結年月日、締め日、支払日、請負の内容などが特定されない限り、そこから発生する個別請負代金も特定されたことにはならないというものであると理解できる。しかし、業界の通例として、基本請負契約においては、請負内容の表示はごく抽象的にしかなされない。また、仮に債権の特定に資するなんらかの定めが置かれたとしても、その内容は、一般の債権者はいうに及ばず抗告人のごとく元従業員という立場にある者であっても、これを知ることができない。そもそも、債権差押えにおいて債権の特定を要する理由は、当事者間、就中債務者と第三債務者との間において差押えの範囲を明確にすることにあるから、本件で抗告人が差押えを求めている、ソフトウエア開発企業である債務者とユーザーである第三債務者との間において締結される基本契約に基づいて発生する債権のように、個々の債権を発生させる類似の基本契約が同時に複数存在することがあり得ない場合には、契約の締結年月日、締め日、支払日などまで特定することを求める必要はない。他方で、ソフトウエア会社は、事務所は賃借物件を使用し、機材はリースに頼るなどして物的資産を有しないのが一般であり、請負代金の特定をあまり厳しく要求されるときは、債権者は執行の方法を得られず、未払給与、解雇予告手当、付加金の支払いを求める抗告人のような債権者は救済の道を閉ざされる。彼此勘案すれば、抗告人が原審においてした特定の程度でもって債権の特定としては十分なものとし、債権差押えの決定をすべきものである。

二  当裁判所の判断

抗告人は、本件の債権差押命令申立てにおいて、いずれも債務者と第三債務者との間の「ソフトウエア開発等コンピュータに関わる業務に関する取引基本契約に基づき、債務者が第三債務者から」一定期間に支払いを受けるべき請負代金債権の差押えを求めるというのである。そして、抗告人は、原審で提出した上申書の中で、一般にコンピュータ関連のソフトの作成にかかわる取引にあっては、取引基本契約に抽象的な内容を定めておき、具体的に発生する個別の業務については注文書をもって補い、取引基本契約に基づく個別業務に関して一々契約書を取り交わすことはしないから、これを複数の契約であるとした場合には、その特定をすることができないとも主張するから、本件債権差押命令申立ての趣旨は、基本契約を一個の契約とみた上で、これから直接発生する債権であろうと、基本契約の趣旨に沿って締結された個々の請負契約から発生する債権であるかにかかわりなく、これらはすべて基本契約に基づいて発生する報酬債権であるとして、その差押えを求めていると解することができないではない。しかし、それにしても、基本契約の締結年月日、そこに定められている報酬の支払方法、請負の種類、範囲など、ある契約を他の契約と区別するに足りる指標が全く明らかにされないままでは、差し押えるべき債権の特定としては不十分であるといわなければならない。抗告人が、業種の性質からいって債権のこれ以上の特定が困難であると主張する趣旨は理解できないことはないが、債権差押手続における差押債権の特定にあたっては、なによりも第三債務者が差し押えられた債権の範囲を明確に理解することができることが重要であり(そうでないと、第三債務者としては債務の履行が許されるのかどうかを判断することができず、爾後に採るべき態度も決め兼ねることになる。)、さらに二重の差押えがあった場合に差押えの競合の有無を判断することができるかどうかということも考慮しておかなくてはならず、ひとり執行債権者の便宜のみを優先させることはできない。

右のような点からすると、抗告人の本件債権差押えの申立ては、目的物の特定という点で十分ということはできず(少なくとも基本契約の特定(契約の日時及び契約内容の概要)とか、これに基づく請負契約の具体的種類及び契約時期又は弁済期による特定くらいはすべきである。)、結論として差押債権の特定を欠くものとして不適法であるといわざるを得ない(誤解を避けるために付言しておく。右に判示した趣旨は、債権差押えを申し立てる者に差し押えるべき債権の発生原因の主張立証を要求するものではない。債権の差押えを求める以上、第三債務者が困らない程度に差押えを求める範囲を特定すべきだというだけである。求められる特定の仕方によっては債権者の不利益になることはあるかもしれないが、それは債権執行の手続上止むを得ないことである。要するに、いま少し第三債務者の立場や民事執行手続上生じ得る問題に配慮して然るべきであるというに尽きる。)。

本件申立てを却下した原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がない。

よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 田村洋三 曽我大三郎)

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